タヌパック短信 26

●「鐸」をめぐる旅(5)


●JISコードに入り込んだ六十四もの「嘘字」の正体

 前回、嘘字や俗字にまで文字コードを与えていたらきりがないという意見にも頷ける部分はあると書きましたが、実は、内田百「けん」も森「おう」外もきちんと表記できない現行JIS文字コード(第一水準・第二水準)に、なんと六十四もの「嘘字」が入り込んでいるのです。
 例えば「穃」という字がJIS第二水準漢字として収録されています(ですからこうして堂々と印字できます)。しかし、この字はどんな漢和辞典にも載っていません。調べると、どうやら沖縄の地名「沖縄市古謝小字穃原(ヨウバル)」というところからきているらしいのです。JISコードを決めたときに参考にした「国土行政区画総覧」という資料にそう記載されていたのですが、現地では木偏の「榕」が使われていました。漢和辞典で調べると、「榕」はクワ科の木で、熱帯産の常緑喬木。なるほど沖縄らしい地名です。
 この「榕」の木偏を禾偏と間違えて記した資料があったために、JISコードに不要な嘘字が割り当てられたというわけです。
 六三五五文字の内の六十四文字というのは、一パーセントです。なんと、現在、あらゆるワープロ、パソコンの文字セットに堂々と入り込んでいるJISコード文字というのは、一パーセントが嘘の文字なのです。文字が足りない足りないと言いながら、六十四もの無駄な区画があるのです。いっそその分を削って、たとえ俗字であっても、「つちよし」や「はしごだか」を入れてはどうか……という気もします。


●文字コードが定めるものとは?


 ところで、異体字であっても「桧」と「檜」は別の文字コードを与えられ、「掴」は与えられている文字コードが一つしかないために正字が抹殺されてしまいました。この差はどこからくるのでしょう? そもそも、文字コードが定めるものとはなんなのでしょう?
 JISコード(JIS X0208)の八三年改訂のときは、規格票本文第一項に「この規格は、文字の種類とその符号を規定したもので、その他個々の文字の具体的字形設計等のことは、この規格の適用範囲としない」と断っています。しかし、実際には漢字制限論の委員によって、強引な文字変更やコード入れ替えが強行された感が強く、混乱を生みました。
 この反省をふまえ、次の九七年の改正では、「区点によって符号化されるのは、無形の『文字概念』ではなく、文字の骨格としての『字体』であり、その『字体』に肉づけしたものが『字形』である」と明確に定義した上で、字形のゆれの許容範囲を「包摂」として明示しています。つまり、JIS X 0208は「字形の詳細」(デザイン)は定めないが、文字の骨格である「字体」は定めているという立場です。
 例えば「浜」という字をいろいろな印刷書体で見てみると、さんずいのデザインや、右側の上の点をどう処理するか(下とつなげるか、独立した点として表すか、最初の横棒は点と縦棒の交点から右に引くか、それとも透き間を空けて縦棒の途中から右に引くか…など)が、かなり異なっています。しかし、これらは「字体」としては同じであり、この程度の差異は字形としての「包摂」の許容内だというわけです。
 一方、「濱」と「浜」は本来同じ字であっても、異体字として違う「字体」であるとみなされます。「國」と「国」も同様です。
 これに準ずれば、「掴」という字も正字(旁が國)と略字で二つ文字コードが必要なはずですが、そうなっていません。思うに、かつて「掴」という字体は「国」や「浜」のように広く認められておらず、限りなく嘘字に近い略字だったからではないでしょうか。活字の世界においては正字の「掴」だけあればよかったので、文字コードも一つしか与えられなかった。実際、八三年まではJISコードの上でも「掴」は正字だけだったのですから。
 それが、ワープロが登場し、当初の十六ドットフォント印字では解像度が足りなくて、手偏に國という正字の「掴」が印刷できず、苦肉の策で、それまでは使われていなかった「掴」という字を作り出すことになった。それをいいことに、八三年のJISコード改定で、漢字制限論の学者が勝手に「掴」をJISコードに取り入れ、正字を追放してしまった……。
 文字コード問題は勉強すればするほど奥が深いのですが、最低限度、こうした文字の抹殺行為がこれ以上起こってほしくはないということだけは明言して、僕の「鐸」をめぐる旅は一旦休止することにします。

 新JIS(第三水準、第四水準)には期待しています。ユニコードは慎重に見守っていきます。どちらにも、縦書き用二桁算用数字書体を半角数字とは別に用意してほしいという提案も同時にしておきます(これは既に新JISコードの委員会宛に要望書を送りました)。

■今回の一連のシリーズでは、以下のホームページで公開されている資料を参考にさせていただきました。
文芸評論家・加藤弘一さんの「ほら貝」http://www.win.or.jp/~horagai/
NISSHA INTERSYSTEMS のホームページ内にあるユニコード関連資料 http://www.nissha.co.jp/info/nis/unicode.html
JIS第三水準、第四水準文字コード拡張計画の概要 http://www.tiu.ac.jp/JCS/
他にも様々な網頁を参考にさせていただきました。資料関連リンクは、NISSHAのページが充実しています。




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