タヌパック短信 6


●「里山法」制定運動の提案


 わが家は川崎市の北端、麻生区というところにあります。すぐ隣は町田市、少し北上すると多摩市、東に流れる多摩川を渡ると狛江市。この三つの市はみんな東京都で、三方を東京都に囲まれています。
 麻生区に隣接した町田市のはじっこは能ヶ谷という地区で、ここに二五ヘクタールほどの里山があります。周囲が切り崩され、宅地化され尽くした中で、奇跡のように残った小さな森です。
昨年、『平成狸合戦ぽんぽこ』というアニメ映画がヒットしましたが、あそこに登場するタヌキたちはこの森に生息する「町だぬき」がモデルになっています。
 今、この最後の里山のほぼ全域が、区画整理計画によって宅地化の危機にさらされています。計画が実施されれば、タヌキを始め、この森に棲む様々な生き物たちも根こそぎ命を奪われてしまいます。当然のことながら、緑地保全の住民運動が起きています。これを書いている今日(一一月一九日)これから、『平成狸合戦』『火垂るの墓』などの監督・高畑勲氏らを招いた緊急シンポジウムというのも開かれます。
 こうした図というのは、ここ数十年、日本のあちこちで見られたものです。そして、こういう運動が起きると、必ずと言っていいほど出てくるのが「住民エゴ」論です。自分たちだって森を切り崩した住宅地に引っ越してきて住んでいるくせに、一旦そこの住民になると、これ以上緑を奪うなと叫ぶ。そんなのはエゴ以外の何ものでもない……という論です。
 確かに一理はありますが、この「住民エゴ論」に頷いていたら、いつまでたっても緑地破壊は続くことになります。「もういいじゃないか。ものには限度がある」というまともな感情を持つことが大切でしょう。
 雑木林というのは、そこにあるがあまの姿で存在しているというだけで、周辺に住んでいる人間の生活を見えない部分で支えています。保水、空気や水の浄化、気温の調整、生ゴミの土壌分解……。土地を、平方メートルあたりいくらという「商品」としか見られなくなっている現代人は、明らかに精神を病んでいます。
 ところで、この里山の地権者の多くは現役の農家なのですが、後継者難と固定資産税、相続税対策で土地を手放さなければならないように追いつめられています。このまま変わらぬ生活が続けられるなら、今のままの里山の姿を守り続けたいと思っている人が多いのに、政治と社会機構が、山に山であり続けることを許さないわけです。
 だとすれば、根本的な解決策は、里山を守るための法律改正・制定しかありません。

●現況が自然に近い里山、湖沼、湿地などは、建造物を建てない、造成をしない限り、地権者の固定資産税・相続税を免除する。地権者は現況保存の責務を負うことと引き替えに、「免税自然地」として届け出ることにより、当該地に関わる納税を免除される。

●転売した場合も、新たな地権者が造成をしない限りは同じように無税とする。この場合の造成とは、地権者の居住用と認められる最低限度以外の建造物建築のための造成はもちろん、公園建設名目の造成、ゴルフ場造成など、あらゆる造成行為をいう。

●造成をした場合、免税特権は消滅し、高額の土地取引税および過去無税特権が続いた期間にまで遡っての資産税の納税義務が発生する。

●自治体が新地権者となった場合も例外ではなく、たとえ自然公園などの名目でも造成することはできず、現況維持に務めなければならない。

●現状の農地は、生産が続いている限り固定資産税・相続税の対象外とする。ただし、宅地、ゴルフ場、駐車場などの、農業以外の目的での転売をしようとする場合は、高額の転売税をかける。

 ……こういう法律を作るしかないと思います。通称「里山法」というのはどうでしょう。
 里山という言葉、念のためうちにある複数の辞書を引いてみたんですが、どれにも載っていませんでした。
 僕は、この言葉には「入会山」のニュアンスを強く感じます。誰のものでもない、地域住民、そしてその山に棲む全生物の共同の財産。その山から生まれる富を、誰も独占できず、また、子々孫々まで伝える義務を共有する大切な共有財産という概念です。
 なぜこうした考え方が重要なのか、昔の人たちはきちんと分かっていました。だからこそ入会山や入浜(入海)の掟は、代々厳しく守られてきたわけです。無限の経済成長などという非科学的なことを盲信する現代人は、明らかに江戸時代人や縄文人より理性が退化しています。
 自然の循環から離れては、いかなる生物も生きてはいけないという当たり前の認識を取り戻すために、わざわざ法律を制定しなければいけないというのも情けないことですが、この際、仕方ありません。そして、そうした法律を制定する必要性を多くの人たちが理解できるよう、教育現場では正しい環境学、熱力学を教え、科学でできることとできないことがあることをきちんと悟らせるべきです。経済学も根本から改革しなければなりません。地球が膨らまない限り、経済の無限成長などありえるわけがないのですから。
 ……あーあ、なんだかまた偉そうなこと書いてしまったなあ。『狸と五線譜』を読んだ友人から「人からご立派だと思われるようになったらおしまいだよ」と諫められたばかりなのに……。


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